【ざぶん文化賞】台風の夜に
「台風が近づいているから、川の清掃は延期になったって連絡がきたわよ」
母の言葉を聞いて私は小さくガッツポーズを作った。今日は川の清掃ボランティアの日だ。
正直言って面倒くさいと思っていた。どうせなら、延期ではなく中止になればいいとも思っ
て雲が多い空を見上げていた。
夜になるにつれ雨、風ともに強くなってきて、テレビでも台風に関するニュースばかりが
流れていたので私は早目に寝ることにして自分の部屋へと行った。独り部屋に入ると窓にた
たきつける雨の音はますます大きくなり、風の音は誰かの唸り声のように聞こえてくる。も
う一度部屋の窓の戸じまりを確認しようとしてカーテンを少し開いた時、ギクリと心臓が
鳴った。木の上に何か白いものがある。あの木は川の近くに生えている大きな木だ。こんな
雨の中、鳥がとまっているのだろうか。おもわず目をこらして見てしまった。
『人だ!』
そう思った瞬間息が止まって胸が苦しくなった。それは、白い服を着て山伏のように首か
ら丸いフサを提げていた。 『天狗?』
私の知っている天狗は赤い顔で鼻が高く背中に黒い羽が生えているが、それは灰色っぽく
目がギョロリとしていて鼻は低く、口が横に大きく開いていた。沖縄のシーサーのようにも
見えた。いきなり怖さがやってきて急いでベッドに入り布団を頭からかぶった。唸り声の中
に何かが聞こえるような気がして耳を塞いだ。しかし、耳の神経が研ぎ澄まされたかのよう
に声が頭の中に響いてきた。
「おおおおお!行け!川よ!水よ!行って人間どもの住み家をおそってくるのだ!
我はこのあたりの水司る水の神なるぞ!」
その声にこたえるかのように風も雨も一段と強くなった。これは風の音だと何度も自分に
言い聞かせた。
「思いしらずな人間ども!喉をうるおしその身の汚れを洗ってやり、恵みの雨となり田畑
に降らせているというのに、感謝の心もない!それどころか、横暴さが目にあまる!勝
手に川の流れをかえ、水をせきとめ、時には不浄のものを流す!もうがまんがならぬ!
我の同志が警告しているのも気づかず愚かな行いが止まらぬ!水よ、今こそ我の力を見せ
てくれるぞ!すべてを流せ!行け!水よ!行け!」
私はどうなってしまうのだろう…。このまま家が流れてしまうのだろうか。
「起きなさい。遅刻するわよ!」
母の声と眩しい光で目が覚めた。咄嗟に窓の外の例の大きな木を見た。台風一過の日ざし
を浴びていつも以上に輝いていた。 「夢だよね。そうだよね」
自分に言い聞かせるように声に出していた。川の清掃の延期の日が気になった。今度こそ進んで参加しよう。外を見ながらそう思った。


