【ざぶん環境賞】剣山の水
この夏、僕は家族と一緒に徳島にある剣山へ行った。正直なところ、僕は山登りには興味
がなかった。これまで山登りというと、近くの飯野山くらいの低い山しか登った経験がなく、
そんなにおもしろいものとは思えなかった。
でも今回は違った。剣山の高さは千九百五十五メートルで、空気は澄んでいて、汗をかく
と体がすぐにひんやりするくらい涼しかった。登山道の脇にはシコクフウロなどの高山植物
が力強く生えていた。ひらけたところに出ると近くの山々が見え、下の方に雲があり、見た
ことのない広大な景色が広がっていた。
登山道の途中に、『御神水(おしきみず)』があった。これは、名水百選にも選ばれている
そうだ。ひしゃくですくい、飲んでみると今まで味わったことのない冷たさだった。のぞき
込んでみるとガラスのように透き通っていて底がくっきりとみえる程だった。御神水は、ボ
コボコ下からわき出ていて、まるで自分の意思で動いているかのようだった。
疲れた母の背を押しながら、ようやく頂上に着いた。隣の山まで続く尾根はまるで馬の背
骨のようだった。景色を楽しむのもつかの間、少しすると風が吹き、たちまち雲に包まれた。
寒くなり、急に体が冷えてきたのでウインドブレーカーを着こんだ。それから家から持って
きたトマトやキュウリをほおばった。頂上で食べると格段にうまかった。昼食は山小屋で温
かいうどんを食べることにした。山の上でも下界と同じものを食べることができる有難さを
感じながら汁まで飲み干した。
下山する途中、あるおじさんに出会った。そのおじさんは、ビールの箱などを積み上げた
大きな荷物を背負いながら登ってきた。いつものように登山客どうしの挨拶を交わしてすれ
違うつもりだったが、おじさんの方から話しかけてきた。
何とさっきうどんを食べた山小屋のオーナーだった。もうすぐ八十歳になるそうだが、と
ても若く見えた。若さの秘訣は山の生活にあるそうだ。毎日三十キロ近くある荷物を背負っ
て運んだり、雨が降ったあとで水が登山道へ流れ込んでいたら水の流れを変えたり、ゴミが
落ちていないかこまめに点検したりして回っているという。確かに山にはゴミ一つ落ちてい
なかった。この山を守っていくことが自分の使命だともおじさんは言っていた。その姿がと
ても男らしかった。
帰りに秘境『奥祖谷(おくいや)二重かずら橋』へ寄った。橋の下に流れる祖谷川は水が澄
んでいてとてもきれいだった。疲れた足をつけてみるととても冷たくて気持ちがよかった。
この川の源流はあの『御神水』だ。僕はこもれびに輝く川を見つめながら思いをめぐらせた。
自然豊かな山がある。それを守る人がいる。そして美しい川となる。


