【特別賞】豪雨によって
あれは、昨年の七月ごろのことだった。その日は、大雨がふるという予報があって、学校は休校になっていた。私も、その時までは、ラッキーと思って、喜んでいた。弟とともに、遊んだり、勉強したりしていたころ、なにげなくテレビをつけると、そこには信じられないこうけいが、うつしだされていた。とても強い雨風、はんらんする川、くずれ落ちる山、とても同じ県で起こっていることとは思えなかった。次々と避難情報がだされ、逃げていく人たち、水が家の中まで入りこんできて、逃げたくても、逃げられない人たち、いくつもの映像がうつしだされ、私は、どんどん不安になっていった。なぜなら、避難情報がだされた地域の中には、親せきが、お父さんのおじさん、おばさんにあたる人が住んでいたから。無事だろうか、大丈夫だろうか、そんな気持ちのまま、気づけば、次の日の朝だった。
外を見ると、まだ雨はふっているものの、確実に昨日よりは、弱くなっていた。リビングへ行き、テレビをつけた。どうか、状況が変わっていますように、被害がひどくありませんように。そんな私の願いも届かず、うつったのは、昨日よりさらに被害の大きくなった町だった。なぜ、こんなにも違うのだろう。同じ県なのに。こっちは、いつもと変わらぬ朝なのに。学校へ行き、勉強し、友達と話し、部活をして家に帰る。そんないつもの一日も、今日の私には、楽しいと思えなかった。それはきっと、一つの不安があったから。無事だよね。生きてるよね。大丈夫、大丈夫と自分に言い聞かせ、玄関を開ける。しかし、そんな希望も、はかなく散ってしまった。行方不明。聞きまちがいだと思った。そんなはずはないと。たとえ本当だとしても、見つからないだけで、生きているんだと。それから、何日かたち、私の耳に一つの知らせがきた。
「おじさん達が見つかった」
と、この知らせは、良い知らせではなかった。
そして、おそうしきの日、この日おじいちゃんが亡くなった。それで、おそうしきには行けなかった。あの日から一年。水の消えた川。茶色くなったコンクリート。あの日おじさん達が住んでいた家までやってきた。しかし、そこには何もなく、ただ広い土地があるだけ。たった一日、二日で、流されてしまった家の跡がそこにはあった。家があったなんて考えられないほど、何も残っていなかった。
水がなければ生きていけない。水は大切な自然の恵み。そんな水も、時には殺人鬼になる。だから、私たちは考えなければならない。水と共存していく方法を。


