2017年度受賞作品,  ARTIST,  AWARD,  梅村 万里子

【ざぶん文化賞】海の神秘

商店街に近づくにつれ、だんだん、うなぎの香ばしい匂いがしてきた。今日は、土用の丑

の日。一年でいちばんうなぎが食べられる日だ。うなぎを焼くジュージューという音は、夕

暮れの町を活気にあふれさせている。

商店街の中に入ると香ばしい匂いもジュージューという音も、より一層強まった。すると、

これまで鼻をひくひくさせながら歩いていた弟の碧波(あおは)が、 「ねぇ、買ってよお」

と、母におねだりをし始めた。私と母は、揃ってため息をついた。碧波はいつだってそう

だ。何か欲しいものがあると、すぐにおねだりをする。しかし、財布のひもが固い母は、そ

の手には乗らない。

「だめよ、碧波。今日は、人参と卵とブタ肉を買いに来ただけなんだからね。それにうな

ぎって、高いじゃない」

「何だよお母さん。うなぎだって、ぼくに食べられたいはずだよ。それにお姉ちゃんだって

うなぎをたべたいでしょ?」

確かに、私もうなぎを食べたいと思う。でも、母がいつも節約を心がけていることも知っ

ている。だから、私は言った。

「碧波は、うなぎがどこで生まれて、どうやって育っているか知ってる?」

碧波は、首を横に振った後、つぶやいた。

「うなぎって、川とか池とかにいるんじゃないかな…」

さっきまで、食べたい食べたいばかりを言っていたのがうそのように、真剣な表情をして

いる。

「そうね。確かにうなぎは、川や池に住んでいるよ。でも、うなぎが生まれるのは海なん

だって」

私は以前、『うなぎのなぞを追って』という文章を読んだことがあるので、うなぎに関する

知識は少しだけあった。だから、うなぎが海で生まれると知って驚いている碧波に教えてあ

げた。うなぎの神秘的な話を。

うなぎは、卵で生まれてくること。その卵は、日本から遠く遠く離れた、マリアナという

海に産みつけられること。そして、マリアナの海はとても美しくて、澄んだあざやかな群青

色をしていること。ちょっと前まで、うなぎの生態は何も知られていなくて、いわば「謎の生

き物」だったということ。

碧波は、それら全ての話を、目をきらきらと輝かせてきいていた。そして言った。

「海も、うなぎも、〝シンピテキ〞なんだね。お姉ちゃん、ありがとう」 今までだまって二人のやり取りを聞いていた母も、

「そんなに素敵な話をされたら、かなわないわね。今夜はうなぎよ。みんなでいただきま

しょう」

とほほえんだ。やったあ、とバンザイをして、私と碧波は大声で言う。

「海の神秘を、四枚くださぁい」

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