2017年度受賞作品,  ARTIST,  AWARD,  中原 さえ子

【特別賞】沖縄の海に思う

「うわー、きれい」

これは、私が沖縄の海を見たときに発した最初の言葉だ。

今年の五月。早、夏の気配が感じられたこの季節に私は、修学旅行で沖縄を訪れた。ほとんどの同級

生の楽しみは、国際通りの買い物や、水族館だった。私ももちろん、国際通りでの買い物や水族館を訪

れるのを楽しみにしていた。だが、私が一番楽しみにしていたのは、マリン体験だった。なんといって

も、マリン体験は実際に海に入ることができるのだ。きれいで、美しい海を間近にみて泳ぐこともでき

る。これは、海が大好きな私にとってこれ以上ないうれしいことだった。間近に見えた沖縄の海は、私

の記憶の中で、最もきれいな海だった。どこまでも広がる透き通ったエメラルドグリーン、見渡す限り

そこは海だった。島国の日本に住んでいる私たちは、きれいな海を間近に見ることも潜ることもできる。

まさに「幸せ」である。海の美しさに、友達と 「きれい」

「ずっといたい」

「楽しい」

など、私はすごくはしゃいでいた。どこまでも透き通った美しさに私も友達もとても気分があがって

いた。マリン体験を満喫し、着替え終わった後、私は再び海を見た。その時、私はハッとした。

突然、私は、学校での平和学習で学んだことを思い出した。そう、沖縄は日本で唯一、民間人を巻き

込んだ地上戦が行われた場所だということを。島民の四分の一が亡くなられたすさまじい戦いの場所で

あったということを。そして、アメリカ軍は、この美しい沖縄の海から上陸した。今は、誰もがこの美

しい海を見て感動する。それは今も昔もきっと同じだったはずだ。昔の人々も、このきれいな海を見て

喜びを感じ、産物を獲得し、感謝の気持ちを持っていたことだろう。しかし、太平洋戦争では、このき

れいな海から、アメリカ軍が上陸し、沖縄の平和な日常は破壊されたのだ。そう思うととても悲しくな

る。今、海の向こう側に広がっているのは、どこまでも青い空ときれいな海。けれどこのきれいな海の

陰には、悲しい過去と厳しい現実があったのだ。そのことを決して忘れてはいけない。

海とは、子どもから大人まで、多くの人が楽しむ場所だ。私も幼いころから、よく海にいった。海は

楽しく、きれいで気持ちがいい。そんな海が私は大すきだ。だから、誰にとっても海が「楽しい」と思

える場所であってほしい。見る人が「感動」し、心をいやされる場所であってほしい。そう願いながら、

私はこれからも海を訪れるだろう。また、再び沖縄の海にあえることを願いながら、海のことを考えた。

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