2009年度受賞作品,  ARTIST,  AWARD,  宇佐美 朱理

【特別賞】水の無い世界

「お母さん、水が出ないよ?」

僕は、洗面所で立ちつくしていた。蛇口をひねっても、出るはずの水が出てこなかったからだ。

「え、やだ、ちょっと待ってて…」

父の弁当を作っていた母は、僕の発言を聞いておどろいたようだった。 「あら、どうしてかしら」

母も同じ蛇口をひねって、首をかしげた。

「おい、トイレの水が出ないぞ!」

父の声がトイレから聞こえる。

「ねぇ、朝シャンしようとしてたのに!」どういうことか姉が、タオルを体に巻いてお風呂場から出て来た。

「…どうして?」

僕たち家族が顔を見合わせる中、父だけがトイレにとり残されていた。 「今日さ、僕ん家の水が出なくなっちゃったんだよね」

友人と学校に向かっている中、僕がぼそっと今朝のことを口にすると、恭彦が言った。

「何だ、お前、それって、水道代払ってねーんじゃねーの 「ち、違うよ!」

僕はあわてて否定する。

 

「え、あなたの家も?実は、私の家もなのよ…」

 

少し前を歩いていた同級生の女子、華が振り向いて言った。

「まじでこいつの家は金持ちだからなぁ…水道代は払ってるはずなのに」 「だから僕の家も払ってるってば!」

そんな話をしながら、学校に行った。

学校では、この話で持ちきりだった。

「先生、俺の家、水出なくなったんだ」

「え、先生もだよ!皆そうなのか…」

「佐久間先生ー、俺ん家は水出るよ」

そこに恭彦が話に加わる。

「何で皆の家、水出ないの?」

「逆に何で恭彦の家、水出るのよ…」

華がつっこむ。僕は先生に問う。

「あの、先生。学校は水出ますか?」

「あ、あぁ。出るみたいだ。だがな…」

先生は後方を指さして言う。

「多数の保護者さん方が水をくみに来てて、無くなるのも時間の問題かもな」 この出来事で学校はパニックになり、授業は午前中だけで終わった。

「何か変だよな、水が無いなんて」

 

三人で下校する中、恭彦が口を開いた。

「今日一日一回も水を触ってないのよ?何か調子狂うわ」

華が転がっていた空き缶をけとばし、誰かの家のへいの中に空き缶が消える。「やばっ」と、華は小走

りで僕と恭彦の後ろにかくれた。

「こら!誰だ、空き缶を入れたのは!」

すると、へいの中から、七十代前後のおじいさんが出て来た。 「お前らか!缶は投げる物じゃないんだぞ!」

「ご、ごめんなさい」

僕はとっさに謝った。

「良いんだよ、謝らなくて。それに投げたんじゃなくて、けったんだし」 恭彦が口をとがらせて、おじいさんをにらんでいる。

「ん…?何だ!どこのガキかと思ったら恭彦じゃないか!」 僕と華は目を白黒させている。

「え、何?知り合いなの?」

「知り合いも何も、俺のじーちゃんだよ」

恭彦のおじいさん。話で聞いたことはあったが、怖い人だそうだ。

「恭彦だからって謝らなくて良いわけじゃないわい!昔から言ってるじゃろう、ゴミは拾ってゴミ箱に

捨てろと」

「俺が捨てたゴミじゃねーのに、何でそこまでしないといけねーんだよ!」

 

「自然を大切にしろということじゃ!自然を大切にしないと、他の家みたいに水に困るぞ!」

 

「だからって、毎週日曜日に川の清掃なんて、させてんじゃねーよ!」

二人が言い合う中、僕ははっとした。恭彦の家では自然を大切にしている。他の家ではそんなことはし

ない。恭彦の家は水が出る。他の家は水が出ない…。

「お、おじいさん!僕も今後、その清掃に参加しても良い?」

「な、何じゃいきなり…ま、まぁ、良いことだ!もちろん良いぞ、少年!」

「何だよ!どうしたんだよ、お前まで」

次の日、蛇口からは勢いよく水が出ていた。皆に昨日のことを話すと、皆、口をそろえて「水は昨日も

出た」と言った。

昨日の出来事は夢だったのかもしれない。でも僕は、今週も来週も、恭彦のおじいさんと川の清掃の

約束をしている。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です