【奨励賞】地震で学んだ水の大切さ
「まだ水が全然出ないんだってさ」
電話の受話器を置いて、母が言いました。電話の相手は、柏崎に住む祖父でした。祖父は七月十六日
に起きた中越沖地震の被災者で、地震から十日以上経っても生活に必要な水が出ないと言うのです。そ
れで、避難所のコミュニティーセンターから家まで水を運ぶという大変な作業を、毎日しなくてはなら
ないという話でした。
私達家族はその話を聞いて、水を持って祖父の家の片付けに行くことにしました。私の家には水を入
れるタンクもないため、ホームセンターに行き、二十リットルのタンクを二つ買って来ました。そして家にあったペットボトルをかき集め、それらにも水を入れ、掃除に使うことにしました。
七月末に柏崎に行き、出発前に二十リットルのタンクを積み込んだのですが、思ったより力がいり、
水はこんなにも重いものなのかと驚かされました。
高速道路を降りて柏崎の街中に入ると、とても悲惨な状態でした。今にも倒れそうな家、道路に雪崩
れ込んでいる家の破片。たくさんの地震の爪あとがあり、私は恐ろしくなりました。しばらくして祖父の家に着くと、予想通り祖父の近所にも道路にひびが入っている所があり、かわらが落ちたままの家もありました。祖父の家はまだ二階がグチャグチャでしたが、一階は片付けられ、何とか住むことができていてホッとしました。
祖父に水がなくて大変なことは何かと聞くと、トイレと風呂や洗濯という答えでした。家の水洗トイ
レは水がないと使えないので、コミュニティーセンターにある自衛隊の設置したトイレや、駅のトイレを使っているという話でした。私は、昼間はいいけれど夜になると怖いんだろうなと思いました。
持って行った水を何に使いたいか祖父と住んでいる母の妹に聞くと、 「洗濯に使いたい」
という返事でした。それで二十リットルのタンクを傾け、一生懸命に洗濯機に水を入れました。しかし、一つ分入れても、あれほど重かったのに洗濯機の半分もいきません。もう一つ分入れるとやっと洗濯できる量になりました。そこで私は、いかに自分が当たり前のようにたくさんの水を使っているかに気が付きました。
私は普段、いつでも水は出るものだと思い、蛇口をひねって当然のように使っています。ところが、祖
父や被災者の人達は重い水を何度も往復して運んだり、やりくりして使っていました。人間が生きるた
めに必要な水。断たれて改めて、本当に大切なんだと考えさせられました。 「地球の資源は無限ではない」
これが、今回の中越沖地震で私が学んだことです。日頃から、水を大切に使ってきたいと思います。


