【ざぶん文化賞】貴重な体験
「あー、雨がふってきたな。ディンギー、乗れるのかなあ」 わたしは、お弁当を食べながらまどの外を見て思っていた。
今日は海洋教室。わたしは午後、ディンギーに乗るのだ。午前はおだやかだった海に、
今は白波が立っている。でも予定通りという先生の話にほっとした。 「出発するよ」
と、先生が言った。わたしは「ほ」を引っぱるためのロープを引いた。風のせいで安定しない。
やっとポンドを出た。目の前に水平線が見える。風向きが変わったら、今引いているロー
プの反対側のロープを引く「タック」というのをやるそうだ。 「タック用意」
「タック」
わたしは引っぱっていたロープをはなして反対側のロープ
を引っぱった。船がななめに
なって、わたしに向かって大きな波がきたので全身がぬれ、とても寒かった。とつ然、ヨッ
トがはげしくゆれた。
「キャー、こわい。ぬれたあ。寒い」
辺りを見ると何もなかった。見えるのは雨と波。よし、ヨットハーバーに帰ったらこんな
に遠くまで来たんだぞって自まんしよう。そう思っているうちにまた、大きな波が来た。
「わあ、もっとぬれた」
始めははり切ってさわいでいたみんなが、だんだん無口になってきた。
「よし、そろそろもどろうか」
という先生の声に「やっともどれる」と思って来た方向を見たら、ヨットハーバーの建物
のてっぺんが少ししか見えない。「本当に帰れるのか」と不安になった。
「タック用意」
「はい」
わたしは大きな声で返事をした。
「まだだよ。まず、今もっているロープをゆっくりはなして」 みんながパッとロープをはなした。
「そう、そう、そう、今度はこのロープを思い切り引っぱるんだ。わかったか」
「はい」
反対側のロープを引き始めると、ヨットが少しずつかたむいてやがてヨットハーバーの方
へ進んでいった。「よかった。このまま風に合わせてロープを引っぱれば帰れるんだ」と思っ
て一生けん命引っぱった。無事にポンド内に入った。
「はい、ここからは先生が一人でやるから、みんなは頭を下げろ。先生がいいって言うま
で上げるなよ」
わたしたち三人はその通りにした。じっと船底を見つめていた。船が少しずつかたむいて
いく。「大丈夫、そのうち直るな」と思っていた。ところがヨットはどんどんどんどんか
たむいて、 「ジャボーン」
大きな水しぶきといっしょに、ヨットがひっくり返った。気がついたとき、わたしたちと
先生は水の中に浮いていた。海水をごくっと飲んでしまった。 「みんな手をつなげ!!」
いつもなら男子と手をつなぐのをいやがるわたしが、このときだけはさっと手をつない
だ。
「みんな、落ち着け。ヨットの下じきになるな。そう、ヨットから少しはなれろ」
わたしはその通りにした。近くにクルーザーが通り、友達が心配そうに見ていた。
「大丈夫?」
と聞かれたが、何も答えられなかった。すると小さな救命ボートがやってきた。わたし
の手をつかんでボートに引き上げてくれた。ほかの二人もボートに乗り、岸に向かった。
私は寒さでふるえていた。全く予想外で何を言えばいいのかわからないほど混乱して
いた。 「着いたよ」
いつの間にか岸に着いて、わたしは着がえるためにホールへ急いだ。泣きそうだった。
「大丈夫?」
と友達に聞かれた。今度は 「うん、こわかったけど平気」 と答えることができた。
そのときはものすごくこわかったけれど、今考えればいい体験だったかもしれない。み
んなができないことができた。海の楽しさだけでなく、海のこわさも知った。海洋教室で
は役立つことをたくさん教えてもらった。機会があればもう一度海に出て、ほかの体験を
してみたいと思う。


