【特別賞】飲める水のありがたさ
大変だった記憶はだんだんとうすれ、最近の私は何も気にせずかみの毛や手を洗っていました。夏の
初めのある日、水不足のニュースを聞き思い出しました。少し前まではこんな生活は夢のようだったの
だと。
以前住んでいたインドでは、水道水を飲むことはできませんでした。じゃ口から水が出ない日もあり
ました。一日のうち朝と夕方の二回だけ、家の前に引かれたパイプに流れてくる水をポンプで家のタン
クに汲み上げるのです。町の皆で使う大切な水です。たくさんはくめません。私は大切に使いました。
水は、いえ「飲める」水は、こんなにも私たちの生活に欠かせない大切なものだったのだということを、
強く意識するようになりました。
今、私はどのくらい水を使っているのでしょうか。ポストに「使用水量のお知らせ」が入っているのを
見つけました。二ヶ月で三十七立方メートル。気になって計算してみました。我が家では、毎日一人二
リットル入りのペットボトルを約六十本も使っていることになります。それも「飲める水」をです。
インドで近所に住んでいたアヌーさんは、飲んでいる水が原因で体に石がたまって手術しないといけ
なくなりました。他にも、水が原因の病気になる人がたくさんいました。父も病気になりました。その
ことを思い出した私は、とても申し訳ない気持ちになり、アヌーさんの病気が心配になって調べてみま
した。私にも何かできることはないのか、水が原因で病気になるということが、どういうことなのか。
今、世界では、毎年百八十万人の子どもたちが、水が不衛生なことなどが原因で亡くなっているそうで
す。私の住む町の人口の約十八倍の人数の子どもたちです。水道があっても一日に数時間、週に数時間
しか水がこない国がインド以外にも世界にはたくさんあること、それどころか重い水を毎日数時間かけ
て汲みに行かなければならない、もっと大変な生活を送っている人たちがいることもわかりました。
また、日本は世界からたくさんの農産物を輸入していますが、それは世界から作物を作るための水
を大量に輸入していることと同じなのだということを知った時は、目の前の景色が違って見えました。
世界の国の水の問題は私たちの問題でもあるのです。それならば輸入せずに国産の野菜を買えばいいと
いうような単純な問題ではありません。それぞれの国の事情に沿った、問題を解決する手助けが必要な
のだと、インドで生活した経験から強く感じました。
今、私達子どもにできることは、節水はもちろんのことまず世界の人々の生活がどのように成り立っ
ているのかを理解することです。それぞれの国の人々が自分たちの力で安全な水を使い続けられるよう
な支援ができるように、視野を広く持ち学ばねばなりません。今後、私が学んで得たことが、わずかで
も世界の人々が安全に暮らせることの助けとなるように、この経験を心に刻み、物事に取り組んでいこ
うと思います。


