2017年度受賞作品,  ARTIST,  AWARD,  むらかみ ともこ

【特別賞】あれから

東日本大震災の翌日、

「ネギを抜くから手伝いに来て」 と祖母から電話がかかってきた。

私の祖父母の家は、千葉県九十九里浜から歩いて十分ほどのところにある。津波が、畑半分まで押し

寄せた。一部のネギ畑は無事だったので、海水が染み込む前に抜きたいという電話だった。

祖父の家へ着くと、親戚みんなでネギを掘り起こし、選別し、外皮をむき化粧箱に入れJAへ出荷す

ることができた。私はまだ小さくて、手伝いができなかったので、外皮の山から皮を一本拾い、クルク

ル回しながら畑の周りをふらふらしていた。すると、いつもとちがう景色に鳥肌がたった。海水で垂れ

たネギ畑の中央には、見知らぬ車があり、韓国語で書かれたゴミがいくつもネギに引っかかっていた。

近所の家は、津波で家の中が泥だらけになり、ボランティアの人たちとバケツで泥をかき出していた。

泥だらけの冷蔵庫やたんすなどを山のように積んだトラックが、何台も通っていた。私は、初めて見る

光景に驚き全身鳥肌でゾクゾクした。そして、ネギ回しを止めたら、また津波が来るのではないかと怖
くなりひたすら回し続けた。 しばらくすると、父が、

「おーい。海を見に行くよ」

と呼びに来た。父の姿を見ると怖さがどこかへ消えたので、ネギ皮を思い切り遠くへ放り投げ、全速

力で走り父のお腹に「ぎゅっ」としがみついた。その瞬間、長く続いた鳥肌も治まり、

「津波はもう来ない」 と思った。

海への道は、いつもと違っていた。真っ直ぐ砂浜まで続く道路の両側に防風林。その先には広大な砂

浜と海が見えるはずだが、違う海岸に向かっている様だった。道路はロールケーキのように丸まってい

て、防風林は流されその場所は、大小様々な穴が空いていた。海も穴だらけなのかもしれないと思いな

がら、穴に落ちないよう、父の手を強く握り、ゆっくり時間をかけて海へ向かった。

ようやく海へ出ると、穴はなく、いつもと同じリズムで押し寄せては引く穏やかな海があった。波の

音をずっと聞いていると、穏やかな波が急に大きな口を開けて、自分を飲み込んでしまうのではないか

と怖くなった。

あれから六年、祖父母の家へ行く時は、必ず海を見に行くのが恒例だ。海岸は年々、昔に見た姿に

戻ってきているようだ。砂浜にハマヒルガオが咲き、小さなシオフキガイが増え、鳥もあちこち飛ぶ姿

を目にするようになった。今でも、ぼうっとしながら波の音を聞くと、津波の怖さを思い出すが、海が

怖いとは思わなくなった。津波は、地震で起きた自然災害だと学んだからかもしれない。祖父母のネギ

畑は、あれ以来、畑を高くし海側にコンクリートの壁を作り災害対策をしていた。
私たちは、大げさでも災害に備えて、準備・対策をしなくてはいけないと強く思う。

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