2014年度受賞作品,  ARTIST,  AWARD,  コジマ ナオコ

【ざぶん文化賞】お母さんは海

海のない所に生まれた僕は、海を知らなかった。初めて海を見た時のことは、今でもはっ きりと覚えている。僕はまだ三歳位だったと思うが、あの日の空の色や波の音、頬に当たる さわやかな風の感触までもが鮮明によみがえるのだ。

母さんに連れられて、電車に乗って海へ行った。電車の絵本が大好きで、よく見ていた僕 を本物の電車に乗せてあげようと思ったのだろう。窓からピューっと移っていく景色を、僕 は夢中で眺めていた。窓から海が見えてくると、母さんが

「あれが海だよ」

と教えてくれた。青くまぶしい空ときらきら光る深い海はどこかでつながっているのでは ないかと感じるほど、どちらも青くて果てしない。僕の感動といったら、大変なものだった。 砂浜と、どこまでも続く海、心地良い風に、波がさわさわとゆれている。そろそろ帰り支度 をしている家族連れがポツポツと見える。僕と母さんは、砂浜をしばらく歩いた。二人とも 何も言わず、ただ波の音と砂浜をふむ二人の足音だけが聞こえていた。

「少し休もう」

と母さんが言い、僕は防波堤のコンクリートに腰かけた。

「ママ、波の音って、子守歌みたいだね」

「そうだね。でも、海はいつもこんな風に穏やかな時ばかりではないんだよ。嵐が来ると、

海は荒れ狂う。人間も同じ。怒ったり悲しんだり喜んだり…。そうやって自分の大切なもの を守っているんだよ」

僕は意味が分からずきょとんとし、

「ふうん」

と言った。そして、

「ねえ、また海に来たいよ。連れてってくれる?」

ときいた。母さんは優しく笑って、

「そうだね」

と言った。

でも、その約束が実現することはなかった。母さんは、僕が小学校に入る前にいなくなっ た。母さんは病気だったのだ。大人たちは、

「お母さんは、きっとお空にのぼって、お前のことを見守ってくれているよ」

と言った。でも、僕は違うと思う。お母さんはお空じゃなくて、海へ帰ったんだ。なぜかっ て?それは、僕が持っているこの貝がらだ。母さんは海からの帰り、電車を待っている僕に 貝がらを手渡した。透き通るようなうすい桜色の、きれいな貝がらだった。

「耳に当てると海の音が聞こえるよ」

母さんは言った。

中学生になった今も、僕は貝がらを耳に当てる。波の音が荒れている。そういえば、今日

は部活をサボッた。軽やかな波の音。そういえば、今日はテストの点数が良かった。母さん はいつも僕を見守っている。だから、さみしくないよ。

ところで、僕は今、こづかいを貯めている。電車の切符を買うのだ。来年の夏休み、小さ い頃母さんと乗ったあの電車に乗って海へ行こうと思う。母さんに会うために。きっと、優 しく穏やかな波音で僕を迎えてくれるよね。


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