【ざぶん文化賞】未来へ…
「だって、きれいな景色と美味しい水を、いつまでも繋いでいきたいでしょ」
これは、未来から来たという彼女の口癖だ。
環境整備のボランティア活動で知り合った彼女が本当に未来から来たのか、事実は定かではないが、未来の様子を私に語ってくれた彼女の瞳は、作り話をしているようには思えないほど澄んでいた。
現在から彼女の暮らす時代までに、何が起こったのか、肝心なところは、〈守秘義務〉があると言って話してはくれなかったが、彼女の暮らす未来では、水は、しかるべき機関に管理をされていて、安全で、安心して飲める水が世界中に供給されているらしい。
ただし、そのかわりに、それ以外の水を飲むことは禁止されているそうだ。
『どこにいても、同じ水質の水を安心して飲むことが出来るのは、ありがたいこと…。でも、その水は、ただ渇きを癒すだけの味気ないものなの』
と彼女は言った。
彼女の暮らす時代では、〈時間旅行〉は普通のことになっていて、彼女は幼少の頃に旅行に来たこの時代の、この場所の水の美味しさに感動をして、何とかこの水を未来でも飲むことが出来るように、その道を自分が切り拓きたい、と思い、彼女の暮らす時代の制度である〈時間留学〉の試験に猛勉強の末に合格をして、この時代にやってきたそうだ。
「でも、歴史って変えたらいけないんじゃなかったっけ?」
話の途中で、私は彼女に問いかけた。
「私がごみを拾ったくらいで、歴史は変わらない。それに、私が過去を変えることはいけないことでも、あなたたちが、新たな未来を創造することは自由でしょ。こんなに美味しい水を飲めることが、当たり前なことではなくて、恵まれていることなんだ、って、気付いてくれたら、意識は変わっていくと思うの。だって、空から降ってきた雨や雪が、長い年月をかけて、落ち葉の層や石灰岩、粘土層みたいな天然のフィルターを通して、ミネラル豊富な美味しい水になって湧き出してくるのよ。奇跡的なことだと思わない?」
一気に話したせいか、彼女は喉が渇いたらしく、鞄から水筒を取り出すと、幸せそうに水を飲んだ。
その姿を見て、私は、「美味しい水は、こんなにも幸せそうな表情を人にさせることが出来る特別な飲み物なのかもしれない」と、思った。
あの日から、数ヶ月が経った。
「だって、きれいな景色と美味しい水を、未来へ繋いでいきたいでしょ」
この言葉は、今の私の口癖。
そして、彼女は、もうすぐ未来へ帰る。彼女が帰った後、私の記憶から、彼女は消えてしまうそうだ。けれど、この口癖がある限り、この水や景色を未来へ、…彼女へ、繋いでいきたいという思いは、私の心から消えないはずだ。


