【特別賞】海の表情と私
「海はなぜ見る場所が変わるだけで、これほどまでに違って見えるのだろう」。これが、私が海外の海を見て思ったことだ。天気が変われば海の表情はもちろん変わるが、一人で見るか、友達や家族と見るかという違いだけでも、海は表情を変える。自分の小さな気持ちの変化だけでも、海が自分に見せる表情は変わる。さまざまな表情を私に見せてくれる海は、何を伝えようとしているのだろうか。
私が初めて知った「海」は、旅行の帰りに立ち寄った海だった。当時はまた四、五歳だったから記憶はあいまいだが、砂浜に立って眺めた水平線は幼い自分には壮大すぎるものだった。母に「この先に何があるの?」と尋ねていたかもしれない。初めて海を見たその日は皆で貝殻を拾った。大きな海のすぐそばに、とても小さな貝殻が転がっている。なんだか不思議な気持ちになった。その時、海はどんな表情を私に向けてくれていたのだろうか。穏やかな顔をしていたなら、私はとても嬉しい。
初めての海に感動したあの日から、約十年後。次に私が感動した「海」は、海外で見た海だった。市の交流事業で行った南国の島、ニューカレドニア。お世話になったホストファミリーが案内してくれたのは、日本では見た事もないとても澄んだ海だった。泳ぐ準備を整え、すぐさま海に潜る。温かな海水に包まれるのはとても気持ち良かった。ホストファミリーの子とコミュニケーションをとるのは簡単ではなかったけれど、一緒に泳いでニューカレドニアの海の感動を伝えることができた。海を通じて相手に気持ちを伝えることができる。私は海を頼もしく感じた。
最近、初めて「海」を知った日本の海に、今年は友達と一緒に行った。そこは海外で見た海よりも海岸線は狭く、魚がたくさん泳いでいるわけではなかったが、初めて海を見たときの感動が残っているからだろうか。私はとても懐かしく感じた。友達と泳いだ後、岩場で貝を採って遊んだ。ニューカレドニアの海では辺り一面砂浜で、貝を採ることはできなかったので少し嬉しかった。
ニューカレドニアで見た海は澄んだきれいな海だった。日本の海は、入り組んだ地形がすばらしい風景を作りあげている。海は地球上のどこでも、その美しい姿を私達に見せてくれるのだ。だから海を見ていると、私は元気が出てくる。今の時代、化学技術やその研究には注目が集まるが、海などの自然はそれほど注目されていない。海のために私ができることは、多くの人に海について知ってもらうことだろう。そこで私は、ホストファミリーとしてニューカレドニアの子を受け入れることにした。外国の子供達に、日本の海を見てもらいたい。私の感動を伝えたい。そして、これからの地球の海をそれぞれの立場で守っていきたいと思う。


