2019年度受賞作品,  ARTIST,  AWARD,  むらかみ ともこ

【特別賞】分け合う心『三分一湧水(さんぶいちゆうすい)』

〝分け合うことは何ごとも敵わぬ美しきことさよ〞

これはおらんとこのばぁ様の口ぐせじゃ。ここは昔から田んぼのかんがいに必要な水が足りんかったんじゃ。むしろ無いと言った方がええんくらいに飢えとった。おらんとこの村にゃ豊かな湧水も河川もありはせんからな。けんどな、今では秋になるとたわわに実った稲穂が頭を垂れておる。こりゃみーんな『三分一湧水』のおかげなんじゃわ。

『三分一湧水』って何ずらかって?あぁ、おまんとうはこの辺の者じゃねぇから知らんずらな。おらもばぁ様から子供ん時に聞いた話じゃ。そうさな…。

あれはおらが四つか五つの時じゃった。兄者(あにじゃ)と竹水鉄砲を奪い合って遊んでおった時、ばぁ様がえろう怖い顔して、

「この罰当たり者が!遊びにゃ雨水ためて使え」

と怒鳴ったんじゃ。いつも穏やかなばぁ様が声を荒らげるなんぞ珍しくて、たまげちもうたさよ。その後いつもの優しい顔に戻って『水あらそい』の話をしてくれたのじゃった。

「八ヶ岳南麗の標高六百間にゃ湧水があちこちから出てうんと潤っておるんじゃが、わしらの村にゃ水の源なんてねぇじゃろ。だからよ、昔っから労と金をかけてなんとか上の湧水を引く水路を造ってきたんじゃ。けんどな、この村に辿り着くまでに水は漏れて他所(よそ)へ流れたり、別の村々に堰き止められて盗られたりしとった。水を奪った奪われたって、争いが絶えることはなかったわな。人は水が無きゃ生きていけん。それに米が出来なきゃ年貢も納められんし食うもんもままならん。皆、生きるために必死じゃった。どの村にも笑顔なんてもな一つもなかったな。そこで殺気立った村々の様子を見かねた名主様は、自分とこの土地で豊かに湧き出る水を見て、それを辺りの村々で平等に分け合えんかと考えに考えを巡らされた。その末、分水池を造り真ん中に一抱えの三角の石を置いて、水が三方向に等しく流れていく方法を見つけられたんじゃ。その三方向に水路を造り、各村々へと等しく流して下さった。これが『三分一湧水』の始まりなのじゃ。名主様は人々を集め、

〝奪い合ってはならぬ、分け合う心じゃ〞

と諭して、『水あらそい』をお治めになられたさよ。わしは、おまん位の歳の頃じゃったけど、よーく覚えておるぞ。なんせ皆が笑い合っておったからのう。あんなに溢れんばかりの笑顔を見るのは初めてじゃった。もう『争い』は終わったんじゃて心底安心したわな。じゃからな、湧水は遊びに使っちゃならんぞ。名主様が命を与えて下さった水じゃから。感謝して心に刻めよ、〝分け合うことは何ごとも敵わぬ美しきことさよ〞とな」

そだからよ、旅の方、おらんとこ自慢の三分一の水、たらふく飲んで休んでいけし。

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