【特別賞】ただいま。ばあちゃん
「また晴れか」
小声でぽつりと漏らしたその不満は、蝉の鳴き声でかき消される。そして、誰にも何にも届かず、消えていった。
夏休みが始まり、あっというまに二週間が過ぎた。今年の夏は、うんざりするほどの猛暑に見舞われ、雨が恋しいほどだった。
私は幼い頃から、晴れよりも雨の方が好きだった。空から与えられた届け物のような気がして、雨の日は特別な気分になれた。それに、雨の日は祖母が家の坂の前で、傘を差して迎えに来てくれた。それが嬉しくて、いつしか朝目覚めると、天気は雨であってほしいと願うようになっていた。だから、基本的に降水量が少ない夏は、少し苦手だった。
ある日、あまりの暑さに食事も喉を通らず、勉強もろくに進まなかったため、気晴らしにと思い、散歩へ出かけた。その日はめずらしく肌寒さを感じたが、日盛の時間帯のため、やはりわずかながら暑さを感じた。少しでも涼しさを感じようと、木陰が多く基本的に気温が低い公園で、スケッチでもしようかと思い立ち、スケッチブックと色えんぴつを用意して家を出た。少し曇りの空模様ではあったが、あまり心配しなかったため傘を持ってはいかなかった。公園は家から徒歩十分ほどの所にあり、少し長めの階段を上った先の町の景色は、とても綺麗だった。また、人の立ち入りがかなり少ないので、頂の景色を鑑賞できた。
スケッチを始めてから一時間ほど経った頃、スケッチブックに描いた町の風景の上に、ポツリと一滴の水滴が落ちてきた。そして頭上を見上げると、青空を隠しきるほどの雨雲が広がっていた。早く帰らなければ。そう思ったときには、もう遅かった。少し経つと町中に大きな雷鳴が響き渡り、大雨が降った。あっという間に、大きな水たまりがいくつも現れ、道を通る乗用車が、大きな水しぶきを上げ、通り過ぎていった。傘を持って来なかった私は、もうびしょ濡れだった。でもなぜか、傘を持ってこなかった事に後悔はしなかった。むしろ少しうれしかった。理由の一つは久しぶりの雨に、夏らしくない涼しさに囲まれ、快感だったこと。もう一つは、もしかしたら、もしかしたらと思い、あのことに少し期待していた。家から十分程度の公園だが、さらに早く家に着けるルートを使い、家へ向かった。家へ向かうその足は、運動会の短距離走並の全速力で家へと走っていた。水たまりに足がはまり、水しぶきをあげていた事も気付かず、ただひたすら走っていた。
家の坂の前に着くと、祖母が傘を差し、満面の笑みでこう言った。
「おかえり」
今年一番のどしゃ降りの音に負けないよう私は、こう叫んだ。
「ただいま。ばあちゃん」


