2019年度受賞作品,  ARTIST,  AWARD,  原田 リカ

【ざぶん文化賞】なまずと私

二年生の校外授業で、小学校の近くを流れる宮川へ行きました。

地いきの人が宮川の事や、宮川にいる生き物の事を教えてくれました。さっそく、クラスのみんなで川の中に入って生き物を探しました。

水の深さは、ひざより下だったので、ザリガニやドジョウ、小魚などたくさんみんなで見

つけました。私は、石と石の間に小さな魚がいるのを見つけて、そっとあみですくいました。五センチくらいの黒い魚があみの中でピチピチとはねて苦しそうだったので、持ってきていた緑の小さいバケツに川の水をすくって入れて、急いであみごと黒い魚をバケツの水につけました。

ゆっくりあみをひっくり返すと、すぅっと泳ぎ出しました。すぐ泳ぐのをやめて、バケツのはしっこで小さなむなビレをひらひらと動かしていました。よく見ると、顔の先から二本のヒゲがはえていて、それもゆらゆらと動かしていました。地いきの人がナマズの子どもだと教えてくれました。

うれしくなって、緑のバケツに入れたナマズの子どもを、家に持って帰って水そうに入れてかうことにしました。

お母さんが、

「名前は何にするん?」

と、聞いてきたので、私は、

「ミッケ!川で見つけたからミッケ!」

と言って、黒い小さな魚は、ミッケになりました。水そうに小石をしきつめて、土管に油性マジックでミッケのおうちと書いて水の中に入れました。

あれから三年。

五センチだったミッケは三十センチの大きなミッケに成長しました。お父さんといっしょに水そうの水かえをするたび、からだをビチビチとすごい力でくねらせて大変です。そして、水かえをした後、いつもしばらく土管の中から出てきません。夜になると、ドコドコと音がします。土管を自分のおビレで動かし、しきつめた小石も頭かおビレで水そうのすみに集めるのです。

エサやりの時は、私が水そうに近づくと土管の中から出て来て、水そうの中を行ったり来たり泳いでかわいいです。でも、いつもとちがうエサに変えた時は、大変でした。エサをあげたら、水かえをした時みたいに、しきつめた小石をおビレでバシバシはたいて水そうの中が砂ぼこりで見えなくなります。その後しばらくあばれて大変でした。きっとミッケは、水かえの時も、土管の位置がいつもとちがうとおこっていて、エサもいつもとちがうとおこっていたんだと気付きました。

家族の一員になっていたミッケが、今年の春に死んでしまいました。家の庭の木の下にいつもと同じエサといっしょに埋めました。ミッケのおうちと書いた土管は、きれいにあらってかわかした水そうに小石といっしょに入れて、戸だなにしまっています。なぜなら、天国に行ったミッケは、宮川で自分のお気に入りのおうちを見つけているからです。ミッケの本当の家は宮川だと五年生になった私は知っているからです。

ごめんねミッケ、ありがとうミッケ。広い宮川で泳いでね。

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