【ざぶん文化賞】約束を果たすために
東京では見られないまっ赤な陽が、地平線の向こうに沈んでゆく。赤色のペンキが海に塗りたくられ、私と太陽までの道を作る。都会ではなかなか見ることができない。夏休みにしか静岡のじいじの家に来ない私にとって、この夕方は絶景だ。東京の海にはゴミがあふれかえり、とても近づけたものではない。私はさっきから岩に腰掛け、足をぶらぶらさせている。「ねえじいじ、それいつ終わるの?」
海岸に落ちているペットボトルやお菓子の包装紙を集めているじいじに聞いた。
「もうちょっと。さよりもちょっと手伝ってくれる?」
手伝うのは別に構わない。でも、気になることが一つある。これは、毎年毎年気になっていたけれど、それじゃあ私がめんどくさがり屋だと思われるようで、ずっと出来なかった質問だ。
「なんでいつもゴミ拾いしてるの?」
勇気を出して聞いてみる。呆れられるかもしれない。意外なことに、じいじはまるで仏様のように笑った。
「そうだなあ。長くなるけど。ちょっと聞いてね」
じいじは座って、上を向いた。そして、意を決したようにしゃべり始めた。
「おまえのばあばと約束してるんだ」
「え?」
思いもしなかった言葉に私はびっくりした。私のばあばは、もう死んでるはずだ。母からそうきいている。動揺を隠しきれない私を見て、じいじはおかしそうに笑った。
「信じられないかもしれん。でも聞いてね。お前のばあばは、人魚なんだ」
「に、に、人魚?」
私は岩から落ちそうになった。人魚ってあの空想上の生物のことか。私はじいじが何を言っ
ているのかわからず、じっとじいじの目を見つめた。じいじは寂しそうに海を見つめた。
「わしはな、ばあばと、この海岸でよく会ってたんだ。周りの人もねたむくらい、仲のいい夫婦だったんだ。子供も生まれた。お前のお母さんだ。でも」
「でも?」
「二十年前くらいか。ここの海は、無数のゴミであふれかえった。ゴミだらけの海になんか、とても住めない。そう言ってばあばの両親は、ほかの海へ行ってしまった」
「ばあばはどうしたの?」
「ばあばも離れていった。わしとある約束をして」
「約束って?」
「ここの海を毎日少しずつ掃除して、いつかまた、ばあばとわしが好きだった海岸に戻してみせる。そのときは、また戻ってきてくれ。ってな」
じいじは、泣くのをこらえるように上を向いた。そして、地平線を見つめた。
「ばあばが生きているのかもわからない。約束を覚えているかもわからない。でも、わしは今でもばあばの言葉を思い出して、ゴミ拾いを続けるしかないんだ」
じいじは泣いていた。そして、無理ににっこり笑った。
「もうすぐ終わろうかな。さより、ちょっと手伝ってくれるか?」
私はうなずいた。そして、きめた。私は東京に帰るまで、じいじと一緒にゴミを拾おう。もしかしたら夏休み中に、人魚のばあばが会いに来てくれるかもしれない。そんな期待を持ちながら。


