【準ざぶん大賞】お茶「一滴(ひとしずく)」
「ポタッ」急須から最後の一滴が落ちる音は、曾祖母を思い出す音。曾祖母の家へ遊びに行くと、必ずお茶を入れてくれた。
「お茶は、最後の一滴まで注ぐとおいしいのよ」と教えてくれたことを思い出す。急須から最後の一滴が」ポタッ」と落ち、お茶の波紋が消えると「はい、どうぞ」と、湯呑をそっと静かに置いて会話を始めるのが曾祖母のスタイルだった。曾祖母のお茶を入れる所作は綺麗で、お茶を待つ方は誰もが吸い込まれるよう見入ってしまうほどだった。
一口お茶を含むと、鼻からお茶の香りが抜け、喉の入り口辺りで旨味と苦味を感じた。曾祖母に「美味しい」と笑顔で伝えると、「良かった」と笑みを返しじっと私の顔を見つめ、曾祖母の女学校時代の話が始まる。それが、私と曾祖母の会話を始めるルーティーンだった。
幼い頃は、お茶の苦味が苦手で、その時間が長く退屈だった。不思議と小学校高学年位からお茶が美味しいと感じて、所作に見惚れるようになり、これが大人の時間?と思いながら少し緊張してお茶ができるのを楽しめるようになった。
今年の冬、久しぶりに曾祖母と会ったのは病院のベッドだった。
点滴に繋がれ眠る曾祖母に挨拶をしても、返答はなかった。シーンと静まる病室は、「ポタッ。ポタッ」と点滴の音が鳴り響いていた。口から食事ができなくなった体に唯一運べる栄養源は、命のカウントダウンをしている音に聞こえた。眠り続ける姿が怖くなり手をギュッと握ってみたが、握り返すこともなく、数日後、帰らぬ旅路に出かけてしまった。
別れの日、納棺師と一緒に家族で曾祖母の体を清める儀式をした。桶に張られたぬるま湯に、ガーゼをくぐらせ絞り、顔と手足を一人ひとり順番に拭いた。無音の部屋に、家族がガーゼを絞る水滴音が「ポタッ。ポタッ。ポタッ」と鳴り響く。家族は顔を中心に拭いていたが、私は、お茶を入れてくれた柔らかな手を拭こうと思った。今にも動き出しそうな手は、氷のように冷たく硬直して、マネキンのようだった。その手に触れた時、もう二度と曾祖母のお茶は飲めないのだと思い、毎回お茶でおもてなしをしてくれた事に感謝を込めて、指一本一本をガーゼで丁寧に拭いた。
精進落としで遺影の前には、小さな御朱印帳のようなものが置かれていた。手に取ると、曾祖母へ宛てたメッセージが、女学校時代の友人達から達筆な字で隙間なく書かれていた。それはお茶の時間に聞いた曾祖母が思う友への思いと同じだった。友達とのお喋りが一番楽しかったこと、すれ違う兵隊が怖かった二・二六事件、現在では想像できない戦争体験も、友がいたからこそ共に乗り越えてきたのだと痛感した。
私は、曾祖母とのお茶の時間に感謝をし、遺影の前に、最後の一滴が入ったお茶を「はい、どうぞ」とお供えした。


