2019年度受賞作品,  ARTIST,  AWARD,  百鬼丸

【国土交通大臣賞】雨の日の海

私は毎年夏休みになると、隣県の静岡県沼津港へ母と二人で海水浴とマリンスポーツをしに出かけます。私が住んでいるのは海のない山梨県なので、青い海に対する憧れがとても強いです。私は、沼津に行ったときはカヤックとSUPというパドルを使ったスポーツに挑戦します。私たちのインストラクターの石井さんは、毎年お願いする顔馴染みの方です。私は石井さんと海に出るのが大好きです。海水浴だけでは浜辺の近くを浮いているだけですが、パドルで漕ぎだすと、足元にエイやアオイロスズメダイ、透明なクラゲ、魚を追い立てる水しぶきの下の大きな魚など、生き物の存在をそこかしこに感じられるからです。ある年は、大雨が降った翌日に海に出ました。その日の海はゴミや虫の死がいがたくさん浮いていて濁っていました。

「川の水が流れこんだからだね」

石井さんがそう指差した先には川がつながっていました。川の水は海に流れ着く、分かっていても海がない土地に暮らす私には初めて見る景色で、何か不思議な感覚でした。

翌年も雨でしたが、その日の海は底まで見渡せるほど透き通っていました。例年より気温が低く川の水も澄んでいたため、同じ雨の日でも全く違う表情を見せました。海の表情を変えさせるのは海自身ではなく、そこに流れこむ川の状態が密接に関係していると感じました。雨が降ると川は、山や地面からの土石や、私たちの住む街の汚れや生活排水を取込んでどんどん量を増やします。陸地から流れ出るものは雨水と共に川を降り、最終的に海に流れ込むのだから、海は全てを受け入れてくれる存在なのです。陸地のどの山脈を逆さにしても及ばない想像を絶する深さと、どこまでもどこまでも続く大海原は、地上のあらゆる物の受け皿だと感じました。

私の海に対するイメージは、南の島のエメラルド色の美しい海でした。しかし、受け皿としての海に気づき、海はとても汚れている場所なんじゃないかと思いました。私の憧れの海は汚い場所なのか、これからも私は海を訪れたいと思えるだろうかと悩みました。そんな時、私は石井さんの事を思い出しました。石井さんは毎日海の一番近いところで働いて、海の美しさも汚さも知った上で、今もなお海に関する仕事を選んでいる。私は実際に沼津の海を訪れ、そして触れて、写真や画像では知り得なかったありのままの海の姿に出会いました。衛生的には海はきれいとはいえないでしょうが、地上の全てのものを受け入れる存在は偉大としか言えません。

私たちは帰りの日の午後に石井さんに無理を言って、もう一度海に漕ぎ出しました。その日も弱い雨が高い雲から、ふわりふわりと落ちていました。ボードにまたがりふと空を見上げると、雲の割れ目から白い太陽の光が真っ直ぐに遠くの海へ差し込んでいました。ああ、海は美しいんだ、来年も必ず戻ってこようと私は強く心に決めました。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です